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2020.06.18

大阪呑み歩記(野村監督編)

スタッフブログ [熊川千尋]

2月から約4ヶ月間、大阪支店でお世話になりました。
本当は、吉田類さんの『酒場放浪記』を意識して、食レポを交えながら、
一旦は大阪の食文化などを紹介できたらと思ったのですが、食通でもない私にはそれは無理だと気付き、諦めました。

皆さんこんにちは。入社1年目、CM部・CDチームの熊川です。(まもなく62歳)

そんな訳で、今回は美味しかったお酒や料理の話よりも、
居酒屋での店主やお客さんとの面白い話を紹介しようと思います。
決して料理がまずかった訳ではありませんので、悪しからず。

それは、野球帽を被った常連のお客さんと、三十半ばの店主の会話でした。
店主は仕事柄スポーツや芸能面に博識で、野球帽のお客は元高校球児で、有名なプロ野球選手と同級生と言っていました。
二人は先日亡くなった野村監督の話をしていました。
しかし野村さんは阪神と楽天での優勝はなく、
そのいずれも後任の星野監督に優勝をさらわれた『悲運の将』というのが二人の評価でした。

何も知らんで、ほざくな!と不機嫌ながら苦笑いを浮かべ、心の底では俺に話を振れ!と思っていたら、
まさにその時、店主が私に話し掛けてきたのでした。
「そう思いません?野村監督は可哀想ですよね」
・・・よくぞ俺に振ってくれた!とばかりに、
「そんなことはないですよ、野村監督は最強の監督ですよ。
その証拠に教え子の選手や監督が、今のプロ野球界にたくさんいるじゃないですか。
星野監督が優勝できたのは、大型補強と野村さんの教え子の活躍のおかげですよ」・・・実は、私は野村監督が大好きなのです。
南海では選手兼監督として優勝し、ヤクルトでは黄金期を築き何度も日本一になったことを、
あたかもその時代の目撃者のように語りました。

解説者時代には、野村スコープなるもので投手の配球を解説し、
お茶の間の我々に彼が提唱するID野球をまざまざと見せてくれました。
しかし野村さんの本当の凄さは選手時代にあったことを話すころには、もう自分でも止められなくなっていました。
まさに『酔っ払いの知ったかぶり』でした。

南海で捕手として活躍していた野村さんを語る、面白い逸話があります。
そろそろ店じまいの時間になり、この話でお開きにしようと思いました。
当時『人気のセ、実力のパ』と言われていましたが、オールスターゲームでは、特にその実力差がはっきりと勝敗に現れました。そのパリーグの投手が一番嫌がったのはセリーグの打者ではなく、野村捕手だったのです。
そしてこの話をしてくれたのは、あの年間40勝を挙げた西鉄の鉄腕・稲尾さんでした。
彼らパリーグの投手は、セリーグの王や長嶋より同じパリーグの野村捕手が本当の敵だったそうです。
彼らは野村さんに、自分の球筋を見せることを極端に恐れていたのです。
なぜなら後半のペナントレースで、まだ何回も対戦しなければならないからでした。
それほど野村さんは凄い選手だったのです。

これで野村監督の話は終わりにしたと思いますが、実のところお酒が進みすぎて、
本当に内容は正しかったのか、かなり誇張してはいないか心配でした。翌日目覚めたとき、所々記憶が飛んでいたのです。
それにこのブログは、全然大阪呑み歩記になっていません。ごめんなさい。

最後に、オフィスの移転、オフィスのデザイン変更、オフィスの原状回復、ビルリニューアルのご用命は、
株式会社フロンティアコンサルティングまでお願いします。



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